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時節の雑感・アーカイブ 【1】 (坂東 正康)


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域外移動

北海道新聞の購読者でないという事情もあって、インターネット
で偶然見つけるまで知らなかったのですが、「前へ!」という
2006年のシリーズ記事に2年半近く経過した時点で出会い
ました。

いろいろと刺激される部分のあるシリーズ記事ですが、そのなか
に、北海道から出たがらない若者についての記述があります。外
に出たがらない、北海道に残りたいという気質が、若い労働人口
を蓄積し、それが自動車部品メーカーやコールセンターの優秀な
人材供給につながったという話です。

僕は散髪は配偶者と同じお店(つまり、オヤジのやっている理容
店ではなく、美容院)のお世話になっているのですが、お店の従業
員である20歳台前半の男の子や女の子に聞いてもたとえば原宿
や青山で修行してくるといった指向性はほとんど見られないようで
す。 東京は観光旅行や買い物の場所かもしれませんが、働く場所
ではないとのことです。

香港系中国人の知人がいました。香港に出張した折に一緒に働
いた仲間です。香港が中国に返還される前にその知人の一家は、
両親と兄家族がカナダに、本人家族は米国に、弟家族はオースト
ラリアにとバラバラな地域に移住していきました。一定の共通項は
ありますが、異なった地域への移住という危険分散です。どこか
の国が悲惨な状況になっても他の国が元気であれば家族はお互
いに助け合えます。華僑系の人たちは本当に強いとそのとき実感
しました。

(Winter 2008)


ちょっと、びっくり

家族の付き添いで患者側の立場としてはまったく初めて大学病院
の外来というものに、先日、足を踏み入れました。今まで、友人や
知人のお見舞い、あるいは以前の仕事の関係で大学病院の病室
や病棟やその他の業務関連の場所にお邪魔したことはあります
が、受付カウンターや会計カウンターなどが正面に広がった広大
な待合室空間に患者側として身をおくのは今回が初めてです。

インターネットで調べても受付手順がよくわからないので、受付開
始時刻の前に行ったのですが、その後、いろいろと驚くことになり
ます。その驚きは、他の場所ならそういう反応をしなかったのかも
しれませんが、いわば予期せざるITとTQCの組み合わせが目の
前に出現したためです。

銀行の支店だと、入ったところでベテランのたいていは女性の行
員が入ってくる客を一瞥し、客の用事を聞き出し、客を窓口に案
内し、あるいは番号札を取る前に書類に必要項目を書き込ませ
たりして業務の流れがスムースになるように「パイプの入り口」で
頑張っていますが、システムとしては同じものがそこにはありまし
た。

受付開始時刻になると、それまで「開店準備作業」をしていた受付
カウンターや会計カウンターや少しバックヤードの担当女性職員
の方々が一斉に立ち上がって患者というお客に向かって「おはよ
うございます」。

患者にとっては最も重要なその後のプロセスについてはここでは
興味の対象外なので省略しますが、一緒に入っていった採血室
などは、採血対象のチェック機能を含め、まるでハイテク製品の
セル型生産ラインを見るような感じでした。

診療終了後の処理も気が利いていて、病院ATMと呼んだらいい
のか病院POSというべきか、何台か並んだその機械では、支払
い処理と診察カードを使った次回予約確認処理を同時にこなして
います。定期的に大学病院を利用される方にとっては当たり前の
光景かもしれませんが、こういう環境がはじめての僕たちにとって
は、ちょっとびっくりです。「なかなか、やりますね。」というのが素
直な感想です。

(Winter 2008)


二つの花瓶

生まれた国には関係ないのですが・・・

とてもうるさく花を選ぶ花瓶があります。その器の色の影響が大きい
のですが、華やかな黄色しか受け付けてくれません。白だとさびしい
感じになり、赤だとちょっとうんざりといった仕上がりになります。この
うるさく花を選ぶ花器は、花のない時の方が生き生きしているように
も見えます。それはそれでいいのかもしれません。これは台湾生ま
れ。20年位前に台北で衝動買いしたもの。

どんな花でも受け入れてしまう花瓶もあります。現在、玄関で活躍中
の透明のちびデブガラス花瓶がそれで、我々が買う類の花だと何で
もそれなりの調和状態を作り出します。これはフランス生まれ。

どちらの花瓶が、本当は、世界と溶け合っているのだろうと考えたり
します。

(Winter 2008)


ネアカの雪

札幌の冬の天候で面白いと思うのは、雪がネアカだということ
です。

50~100メートル先がまったく見えなくなる大雪の日やそうした
時間帯を別にすると、割りに高い確率で、雪および晴れといった
状態の天候が出現します。

太陽がぼんやりとその顔をのぞかせながら、軽い乾燥した雪が
地面に落ちるのを嫌がるように空中をふらふらと結構な量で舞っ
ている。北の空や西の空は暗い色で雪模様なのに、東には青空
が見えている。

新潟出身の方の冬の話などと比較すると、札幌では人々が雪で
ネクラにならないような采配がほどこされているような気になりま
す。

(Winter 2008)


事業・家業・仲間業

事業・家業という区分があります。事業はゴーイング・コンサーン
(継続体)として売上と利益の極大化が目的、極端な例はハイリ
スク・ハイリターンのハイテクビジネス。家業はそこそこの生活が
できるレベルの売上・利益の確保と経営者のやりがいが目的。

事業の視点で家業を見ると、家業はいつまでたってもビジネスの
アマチュア、ビジネスをやる気があるのかないのかよくわからんと
いうことになりますが、継続する家業は地に足が着いているとも
いえます。なりわいの哲学がしっかりしていたら、家業の方が粘り
強くしなやかかもしれません。

女性が経営するビジネスにはまるっきりの事業も事業的なものも、
家業も家業的なものもありますが、どうもその中間領域の仲間業
といったものも見受けられます。

SNSのようなインターネット媒体を使い、主婦や働く女性を会員・
自由参加者といった形でルースに組織化し、企業の新製品や新
製品アイディアに対して、プロジェクトごとに参加者を募り、そうして、
参加した女性の意見やコメントをまとまった形に整理し、当該顧客
企業にフィードバックし、それを収益の中心とするビジネスがありま
すが、これは仲間業といえそうです。Communication, Collaboration, Communityの3つの要素を基盤としたビジネスです。

理屈上は男性でもできるのですが、そういう話は聞こえてきませ
ん。

(Autumn 2008)


混雑した美術展

美術展やその他の展覧会の会場が混雑しているときの僕の鑑賞
の流儀についてです。

誰もいないお気に入りの美術館や是非行ってみたい美術展をゆっ
たり一人で歩き回れたら、これは至福のひとつです。、天候や時間
帯やその他の要素が偶然ほどよく配合され、それに近い状況に稀
に遭遇する時があります。それはよほどの幸運が訪れたか、ある
いは世間的には(自身にとってはではありません)よほど人気のな
い展覧会を見に行ったかのどちらかです。

常設展はそれに近い雰囲気の良さを時々味わわせてくれますが、
そのためには空白の時間がポコッと半日くらい、美術館の場所に
よっては丸一日必要です。贅沢な時間のとり方です。

さて、会場が混雑しているときには・・・思い返してみると、これは
混雑していない会場でもどうもそうしているみたいですが、入り口か
ら出口の手前まで、まず、ザーと全体を見ます。混雑がひどい場合
には近づけない作品もありますがそれは仕方がないと諦めます。
一巡後、入り口の手前まで戻り、2回目は、1回目で気に入ったも
の、時間をかけて見たいもの、気に懸かったもの、人だかりでまっ
たく近づけなかったものだけに時間をかけます。「かける時間」に
は、その作品の前で佇む時間だけではなく、その作品に接近する
ための物理的な待ち時間と我慢も含まれます。

こういう方法だと、僕の場合は、混雑した会場と折り合えます。

(Autumn 2008)


ハシゴ

美術展を5つ、1泊2日でハシゴしました。結構な体力が必要です。
腰の痛みと筋肉疲労が残りました。一部を除いて、どの美術展も
アクティブ・シニア層の奔流でその勢いに圧倒されそうでした。僕
も広義の分類上はその一員ということになるのですが、自分のこと
はさておいて。

で、そのハシゴの内訳ですが、移動の効率性から、初日はピカソ展
(国立新美術館)ともうひとつのピカソ展(サントリー美術館)。2日目
はボストン美術館浮世絵名品展(江戸東京博物館)、ヴィルヘルム・
ハンマースホイ展(国立西洋美術館)、最後が大琳派展(東京国立
博物館)の順番。

それだけのお金や家や部屋を所有しているかどうかとは全く無関係
に、その絵を自分の部屋に飾りたいかどうかという基準で絵を見て
いることがあります。ハンマースホイのストランゲーゼ30番地の室
内画のどれかを自分の部屋に飾りたいか。うーん。ちょっと考え込
んでしまいます。1年に1ヶ月だけ、季節は特定できませんが、そう
いう気分になったときに壁にかけてみたいなとは思います。

数年前に出光美術館で俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一の三人の
風神雷神図屏風を横に並べて同時に展示したのを初めて見ました
が、その三人の創り出す空間のなかで抱一の存在感が薄かったの
と、光琳の燕子花と比べると抱一の同じ題材の迫力も弱かったの
で、彼には薄い印象しか持っていませんでした。しかし、大琳派展
では、抱一の作品展示にも相当に力点が置かれていて、今までの
僕自身の抱一に対する偏見を打ち消してしまう「夏秋草図屏風」の
ような作品も多く、2日目の午後から僕の中で抱一の好感度は急に
上昇しました。こういうときはちょっと嬉しい気分になります。

「ボストン浮世絵名品展」会場の駐車場には、十数台の観光バスが
とまっていました。この会場にお客を大量輸送したのでしょう。こうい
う形で人々と向き合うのが、江戸時代にブロマイドの役割も持って
いた浮世絵の最も望む姿かもしれません。

(Autumn 2008)


素朴な違和感

日本で米や食料を作るのは生産性の点から不合理で、日本は
工業的なものに特化した方がいい、食料は輸入すべきだと、比
較生産費や比較優位を援用した議論を展開していた人たちが
かつていました。テレビの討論番組でも幅を利かせていたと記憶
しています。当時から違和感を感じていました。経済学の前提や
射程距離に疑問を抱かない人達だなあという思いから出てくる違
和感です。

生産性や価格といった基本的な数値パラメータに、品質や安全と
いう質的パラメーターが加わった場合に、あるいは食べ物はでき
るだけ自給しようといった考え方と、いわば思想的に対峙したとき
に経済学の弱みが現れるようです。それは経済学の守備範囲外
という経済学者の考え方もあり、確かにその通りかもしれません
が、経済学者は多方面の事柄に結構おしゃべりなので、具合が
悪いときの自己限定は、説得力に欠けるようです。

経済学は、実際には存在しない状況を議論の前提にすることが
多く、そういう最初のボタンの掛け違いは議論が複雑化するに
したがって忘れ去られてしまいます。完全競争だとか、市場関与
者は市場について全員が完全な知識を持っているといったどこか
不自然な人工的な状況前提がその典型例ですし、経済的な効用
の増大は人の幸福の増大を妨げないというのも別の例です。

経済的な効用をどう捉えるかによっては、この前提が胡散臭い
ものになります。価格の安さは品質や安全と絡むので、価格の
安さがもたらす経済的効用は必ずしも我々の厚生を高めないの
ですが、他の条件が等しければ、という便利な言葉で価格以外の
要素を排除してしまうと、そういう状況が現実には存在するかどう
かは別にして、この前提は成立します。胡散臭いとは、そういう意
味です。

公定歩合(米国の場合だとFF Rate)を切り下げると景気は上向
きに刺激される、公定歩合を上げると景気は下方向に抑制される
ことになっていますが、例えば過去8年間の米国の「FF Rate」と
「S&P500」(幅広い銘柄を対象にした株価指数)を2001年から
プロットしてみると、その考えどおりに動いているのは2003年
半ばから2004年の終わりまでで、それ以外の6年間半はまった
く逆の相関を示しています。つまり、FF Rateの切り上げと株価の
上昇が連動し、株価の下落とFF Rateの切り下げが連動していま
す。

こういう事態になるのは経済がバブル状態だからと言われていま
す。教科書通りに公定歩合と株価が動いたら、そのときバブルが
本当に終焉したのでしょう。

ある主張や議論に素朴な違和感を感じたときは、その違和感の
出所や違和感の理由をうまく説明できなくても、当面はそれを持
ち続けることにしています。

(Autumn 2008)


抑制

すこし酔った状態で「ちあきなおみ」のアルバムを1枚1年ぶりに、
そして続けて、やはりすこし酔った状態で「新井英一」のアルバム
を1枚、7-8年ぶりに聞きました。

「ちあきなおみ」のアルバムは「Virtual Concert 2003」、「新井英一」
のアルバムは「オールドファッション・ラブソング」。

「ちあきなおみ」の上述のアルバムは「朝日のあたる家」と題されて
います。The House of The Rising Sunです。この曲がなければ、この
アルバムは僕にとってはもっと好ましいものになります。

若い時の膨らみすぎた情念が年齢の渋みや経験の重みで自ずと
押さえ込まれ、その結果として現れる表情が、僕にとっては、この
アルバムの中を流れる基調です。「東京の花売り娘」や「黄昏のビ
ギン」のゆったりしたジャズの味わいがその基調をもっと確かなも
のにします。

このアルバムに収められている「朝日のあたる家」の荒々しすぎる
情感は、このアルバムの確かさや滑らかさをちょっと阻害している
ように僕には感じられます。別の機会にジャズ・ミュージシャン出身
と思われるカルテットかクインテットと一緒にライブ録音した「朝日の
あたる家」の方は情感が抑制されていて、僕はこちらの方がはるか
に好きです。レコード会社関連の著作権などの制約があるのでしょ
うが、この二つが入れ替わっているとよほどよかったのにと勝手な
仮定法過去完了思考をしてしまいます。

「新井英一」の「オールドファッション・ラブソング」は小さなコンサート
ホールやライブハウスで聞くにはいいかもしれませんが、部屋の再
生装置で再生するには声に含まれるものが重すぎるようです。その
重い感じが、「清河への道~48番」を思い出させました。かつて、
深夜に大きな音量のヘッドフォンを使って聴き、曲の終了後もなか
なかヘッドフォンを取り外せなかった、そのアルバムです。

「ちあきなおみ」さんは、今、どうしているのでしょう。ちあきさんの現
在の年齢が歌わせる歌をもう一度聴いてみたいと思います。

(Autumn 2008)


味の温度差

北海道は加工技術が弱いといわれていて、それに肯く北海道の方
も多いので屋上屋を架すような議論にならないように注意して、自
分の舌で確かめた食べ物、正確には一次産品を加工した食べ物の
話だけをします。種類によって味に温度差があり、温度の低いもの
をこのまま放っておくには「もったいないなあ」という気持ちからです。

比較する相手は、日本でとてもおいしいといわれており自分でも味
わったもの、ないしは回りの評判とは関係なく自分でおいしいと判断
した地域のもの。たとえば、蒲鉾なら小田原の某商店のもの、ダシ
昆布なら福井の某商店のもの。5点だと日本中で「自信を持ってエ
ヘンのレベル」、4点だと「おいしいのだけれど、威張るほどではな
い」、3点だと「まあまあ、つまり、日持ちのしないものは仕方なくそこ
から買うけれど、日持ちのするものだとそこからは買わない、よそか
ら買う」、2点だと「二度と、決して買わない」。

動物系、植物系(穀物系、果物系、海藻系)、魚系とグループ別に
見てみます。

<動物系>
バター: 5点、 チーズ:5点、 ハム&ソーセージ:5点

<穀物系>
麺(ラーメン):5点、 スパゲティー:4点、納豆:3点、
豆腐・厚揚げ:4点

<果物系>
ワイン:4点

<海藻系>
ダシ昆布:4点

<魚系>
練り物(蒲鉾など):2点

いい素材に恵まれ過ぎているせいで加工に熱意がないのか、なぜ
か魚の練り物が訴求力を持っていません。

<番外篇>
天麩羅(カウンターで食するとき):3点 (素材は最高なのですが・・)

ウイスキー:5点

それから、僕は以前からウイスキーが好きでいろいろと飲み歩きま
したし、若い時分にイギリスのとあるバーで、"On the rocks."と注文
するとバーテンダーが侮蔑の表情を穏やかに浮かべて"With ice?"
と問いかけてきた後、ぺらぺらの氷を一枚グラスに浮かべてくれると
いうトレーニングも受けましたが、ウイスキーは、最近は、創業者の
名前がついた余市のものをもっぱら愛飲しています。

(Autumn 2008)


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配偶者の、「もったいないので」(3)

ダシをひいたあとの鰹節と昆布をみじん切りにして、そこに梅干の
きざみと胡麻を加えて炒る。塩と醤油で好みの味に整えると、自家
製ふりかけの出来上がり。

羅臼のダシ昆布をそれなりの枚数使ったときには、食べやすい幅と
長さに切りそろえ、時には山椒なども入れて醤油ベースで味付けを
すると即席佃煮の完成。

炊きたてご飯といっしょにどうぞ。

(Autumn 2008)


配偶者の、「もったいないので」(2)

使い込んだバスタオルは、玄関などの床拭き雑巾に最高だそうで
す。ただし、適当な大きさにするのにハサミでジョキジョキと切って
しまうと、裁断部分がほつれて糸くずが出るので、最初にハサミで
小さな切込みを入れ、後は頑張って手で裂くのだそうです。

以前、一時期定期的に滞在したさる外国のホテルの男性掃除係り
が使っていた掃除用具一式ワゴンのなかに、適当な大きさに引き
裂いた使い古しバスタオルが何枚もセットしてあるのを見たのがき
っかけとのこと。

(Autumn 2008)


初夏の花、冬の花(その後)

『札幌の公園ではパンジーは3月から夏まで咲
いています。春から初夏の花です。東京では10
月から3月までがパンジーの季節です。冬の花
です。冬のビル街の花壇で元気な姿を見せま
す。
(中略)
秋から初冬にかけて、外気温がマイナスになる
までの2ヶ月くらいの彩りを楽しむために、今年
は富士山麓の園芸農場から結構な数のパンジ
ーが我が家にまもなく届きます。』と、以前に書き
ました。

写真は現在の姿です。札幌でも晩秋にパンジー
が楽しめます。街中に花のない時期の我が家の
かわいい主人公です。

(Autumn 2008)



配偶者の、「もったいないので」(1)

スーツや上着やズボンやスカートやコートをクリーニングに
出した時には衣類が透明のビニールカバーに覆われて戻っ
てきます。季節のものをクロゼットに収納するときは、繰り返
し使える不織布のカバーに取り替えるので、その透明ビニー
ルカバーは要らなくなります。

ビニールカバーの端を縛り、内側から外側にひっくり返して
(inside out) 形を整えるとペットボトルなどの軽い容器向けビ
ニール袋の出来上がり。その袋に、空になったペットボトルを
しっかり積めてごみ出し場にもって行きます。もって行くのは、
いつの頃からか、僕の役割です。

(Autumn 2008)


ハーブの香り

外出するときは、仕事であれレジャーであれ、即席の自家製
おしぼりを鞄やバッグに放り込みます。配偶者が用意してくれ
ることもありますが、たいていは自分で作ります。

作り方は簡単です。用意するのは30センチメートル角の白い
タオルと、ジップロックの最も値段の安いビニール袋とハーブの
エッセンシャルオイル。タオルをビニール袋に入る大きさにたた
み、少し広げ戻し、エッセンシャルオイルを好みの量だけ振りか
け、またたたみ、水道からの細い水でタオルを湿します。水分が
多すぎたときは、オイルが無駄にならないように用心しながら、
ゆっくりと絞ります。形を平たく整え、ビニール袋に入れて即席お
しぼりの出来上がり。

暑い日やちょっと汗っぽいときに顔や手や首筋を拭くと爽快感で
ほっとします。香りを吸い込んでもいい気持ちになれます。僕の好
みのエッセンシャルオイルはローズマリーとユーカリとラベンダー
で、その日の気分でどれかを選択します。

会議室での休憩時間や、列車の指定席に着席したあとなどに、
その即席自家製おしぼりを使っていると、ハーブの香りがかすか
に回りに漂います。香りの漂ったあたりから、女性の視線が感じ
られたりもします。

(Autumn 2008)


合成の誤謬

経済学の教科書にはたいてい「合成の誤謬」という物の見方の
事例が出てきます。個々の家計や個別企業にとって正しい行動
が、全体としては(その総和としては)、悪い結果を生み出してし
まうといった内容です。

不景気だと各家庭は無駄遣いをやめ、出来るだけ貯蓄をしま
す。各企業も金融機関からの借金をやめ、すでにある借金もで
きるだけ返済しようとします。その結果、国の景気はその分さら
に冷え込みます。この視点で過去15年以上の日本のデフレ不
況と、アメリカのサブプライムローンから派生した現在の金融危
機を見事に分析して見せたのがリチャード・クー氏の「日本経済
を襲う二つの波」だと思います。

「合成の誤謬」ではありませんが、それに近い間違いを僕たちは
どうも結構な範囲で犯しているようです。

日本の森林の保護・育成のためには、森林の間引きや通常の
木材加工で生み出される端材を割り箸としてどんどん消費した
ほうがいいようですが、森林保護のためという理由で割り箸を嫌
ってマイ箸を好まれる人たちがいます。石油のどうしようもない
廃材的な部分を利用して作っているのが(今は有料化された)
スーパーなどのレジ袋ですが、石油のそれよりはもっと良質の
部分でしか作れないエコバッグを好まれる方々もいます。ダイオ
キシンはかつて猛毒ということになっていましたが、人間にとって
昔馴染みの物質だというこが、段々と、イタリアのある町の繰り
返して欲しくない経験も踏まえて、実証されたようです。

最近読んだエッセイで刺激的だったのは渡辺正氏(東京大学
生産技術研究所教授)の「CO2が世界を救う」(文藝春秋2008年
11月号)。以下は最後の一節からの引用です。『しかし、地球
温暖化はCO2のせいだ、という単純な物語からいったん離れて、
そろそろ冷静に考えるときが来ているのではなかろうか。私と
しては、地球と人類に優しいCO2が増えるのならば、少しぐらい
気温が上がってもいいじゃないかとさえ思っているのだが。』

(Autumn 2008)


アクティブ女性シニア層

週日の遅めの昼食を、たとえば駅ビルのレストランフロアでとろう
とすると、たいていの気の利いたお店は30歳くらいから60歳くら
いの女性で非常に混雑していることに気づきます。とても不況の
最中にあるとは思われません。

配偶者が10年以上面倒を見てきたセント・ポーリア30鉢を、事情
があって、手放すことにしました。そのまま処分するのはかわいそ
うなので、パンフレットでしか知らないセント・ポーリア愛好会の会
長宅(女性)に配偶者が電話をし、背景を説明して愛好会で引き取
ってもらえるかどうか尋ねてみました。「わかりました。何とかしま
す。」という返事で、その返事も即答だったのですが、その後の連
携した動きが驚くほど速い。

次の日、愛好会の副会長から「会長は時間が取れないので私た
ちが2時間後に引き取りにいく」という電話が入り、2時間後に軽
自動車で現れたのは、65から70年配のお二人の女性。運搬の
ために手提げ紙袋などにつめて準備してあったセント・ポーリアを
車に運び込むのに5-6分。我々の依頼はそれで完了。主に、新
しく加入された会員向けの教材に使うのだそうです。

それにしても、すばらしい対応スピードでした。誰が考えたネーミ
ングかは知りませんが、まさにアクティブ(女性)シニア層です。

(Autumn 2008)


わっと叫んで

そのときはまったく自覚していない若気の至りに後年気がついて、
恥じ入る思いになることを、「わっと叫んでロクロ首」と若干グロテ
スクに表現したのは、たしか、梶井基次郎(「檸檬」や「桜の樹の
下には」などの短編を書いた大正から昭和初期の作家)だと思い
ますが、僕の思い違いかもしれません。吉行淳之介のエッセイで
梶井基次郎に関するそういう一節があったような記憶もあるので、
吉行淳之介が引用した別の作家の文章と勘違いしている可能性
もあります。

「わっと叫んで」の正しい出所は別にして、「桜の樹の下には屍体が
埋まっている」という書き出しで始まる梶井基次郎の掌編のことは
毎年桜の季節が来るたびに思い出します。桜の花があんなにきれ
いなのは、桜の樹の下に屍体が埋まっているからだそうです。

インターネット関連の無料セミナーに参加しました。僕は聴く側です。

1時間の講演が2つです。2つ目は以前からちょっと気になっていた
内容だったので楽しみにしていました。最初の講演は聞こうかどう
か迷っていましたが、途中から会場に入っていくのも気が引けるの
で、両方とも拝聴することにしました。

最初の講演は、開始後5分で、残りの55分間のつぶし方に迷うこ
とになりました。昨晩の睡眠不足を補うか、宿題を片付けるか。うと
うとすることに決めました。2番目の講演は、期待通りの内容で、僕
が仮想していた部分も事実で明快になりとても満足でした。

聴く側は、無料セミナーといえども、わがままです。講演内容が退
屈だと眠ってしまいます。なかにはそのまま席を立って会場を後に
される方もいます。以前、しゃべる側で結構な量の時間とエネルギ
ーを使ったこともありますが、さて、今まで聴く側の方々に何回くら
い「うとうと」のための時間帯を提供したかと思うと、「わっと叫んで
ロクロ首」です。

(Autumn 2008)


繰り返し購入と紹介

その製麺会社は、腰のしっかりしたおいしい麺を一般消費者向け
にも販売しているので僕たちも「繰り返し購入者」ですが、しばらく
前に(僕たちが気づいたのはしばらく前なので)北海道の素材だけ
をつかったラーメンパッケージが発売されました。以前から、おいし
くて、かつ北海道小麦100%の麺というものはどうして売っていな
いのかと不思議でしたが、輸入原材料の高騰や国産食材・食品の
再評価もあってこういう商品政策がやっととれたのでしょう。

そのラーメンパッケージ商品は味噌味と醤油味と塩味の3種類で、
麺だけでなくスープ素材がそれぞれ北海道の豚と味噌、北海道の
鮭と醤油、北海道の鶏と塩という組み合わせになっています。パッ
ケージには素材産地を書いてありますがここでは略します。このパ
ッケージ商品の北海道小麦麺の食感が実にすばらしい。

僕たちの勝手な好みは、塩、味噌、醤油の順番。

この商品の開発者には怒られそうですが、僕たちは僕たちの勝手
な事情から袋に入ったスープから油部分はできるだけ抜くようにし
ています。それでも十分満足です。野菜をたっぷり追加しますが、
基本味の違いに応じて野菜にバリエーションを持たせます。

販売やマーケティングの最も高次元の課題は、「繰り返し購入と
紹介」プロセスの実現です。つまり、そのお客に繰り返し買っても
らうこと(同じ商品、ないしは別の商品、あるいは、もっと値段の高
いもの)と、そのお客がほかの見込み客を紹介してくれること。こ
のプロセスを継続的に定常化することが一番難しい。

僕たちはこの会社の商品の「繰り返し購入者」であり、この雑感を
何人の方がお読みかわかりませんが、僕はここで図らずも「商品
紹介者」という役割を演じています。この会社にとっては、僕はどう
も、結構良い層のお客となっているようです。

(Autumn 2008)


痛い思い

以前、肩の具合が悪くなったときにしばらくレベルの高い整体
サービスのお世話になったことがあります。整体という言葉以
外の用語を知らないので整体という言葉を使いますが、要は、
体の具合を元通りの健常な状態に直すための複数の技術か
ら構成される技術サービスです。目的が体を本来の良好な
状態に整えることですから、その技術サービスを受けている間
は心地いい状態からは遠く隔たった状態に置かれます。お金
を払ってどうしてこんなに体のさまざまな部分で痛い思いをしな
ければならないのかというのが正直な感想です。出張中のホテ
ルで頼む就寝前マッサージをとはコンセプトがまったく違います。

配偶者の付き添いで、別のレベルの高い整体サービス院(こ
れも正確な表現ではないと思いますが)に行ったこともありま
す。共通した特徴は、女性のお客が多いということ。配偶者
の前のお客は女性、後のお客も女性、電話予約を入れてくる
お客も会話の雰囲気から女性のようです。僕がお世話になっ
たところでもそうでしたが、80%近いお客は女性かもしれま
せん。

女性は、健常な状態に戻るためなら痛みを我慢できる、痛み
を楽しめるということでしょうか。

オヤジが愛好するのは、ホテルやスポーツクラブのそのまま
眠ってしまいたくなるような痛くないマッサージ。

同種のサービスに対する出費の目的が、男女間でこれほど
異なっている例も珍しいと思います。

(Autumn 2008)


見ればわかるよ

僕が駆け出しのころ、図体のでかいコンピュータから自作のプロ
グラムで打ち出した在庫分析の資料などを見ていたら、そばを
通りかかった別の部署のふたまわり近く年長の方がこうつぶやい
て通り過ぎました。「コンピュータを使わないと分からないかねえ。
倉庫を歩いて一巡りすれば、結構細かい在庫状況や売れ筋まで
つかめるよ。」

札幌市内のオフィスの空き室率の上昇が止まらないという大き目
の記事がグラフつきで経済新聞に掲載されていましたが、結構以
前から、夕方になっても明かりのまったくつかないビルのフロアー
や、ビル入り口の入居企業一覧表にぽっかりできた空白スペース
が結構目立つようになっていました。ナショナルブランドの企業名
が急にプレートから消えていたりもします。そんな眼に見える状況
からオフィスの空き室状況のグラフはアナログ的には描けます。

以前、「100、75、70、65、50」という数字を使っていたことが
あります。営業担当者の平均的な地域別生産性といったもので
す。営業担当者を入れ替えてもこの数字は、マクロな意味合いの
数字なので、3年や4年では変化しません。

現在、65や50の地域に、特に眼に見える形で、影響が出ている
ようです。

(Autumn 2008)


中年好みの味

女性について論ずるのではありません。
論ずるのはアップルパイと餡子(あんこ)です。

今は10月の上旬ですが、紅玉(こうぎょく)りんごが出荷され始め
ます。紅玉は小ぶりで真っ赤で甘みが少なくてすっぱいので、まる
かじり(である必要はありませんが、丸齧りを含めてそのまま食べ
る)りんごとしてはまったく人気がありません。しかし、アップルパイ
にすると、そのほのかな甘みとすっぱさが中年好みの穏やかな味
を作り出します。砂糖は禁止。子供の味になってしまいます。

大きい四角形のものや、丸いちょっと大きめ一口サイズを作り、
自宅用として楽しむだけでなく、日頃お世話になっている方たちに
も楽しんでいただきます。「あのヤロー」という思いを抱いた方には
決してさし上げません。経験上、30歳前後、ないしもっと人生経験
を積んだ女性に最も歓迎されるようです。

和三盆(わさんぼん)という日本のお砂糖があります。徳島県と香
川県の接するごく一部でしか生産されていませんが、竹糖と呼ば
れる細い砂糖黍(さとうきび)から作ります。確か、11月下旬から
12月が収穫時期です。上品なとても穏やかな甘さの砂糖で、調べ
たことはありませんが、多分京都の和菓子屋さんが一番のお客様
かと思います。品揃えが普通以上のデパートならどこでも置いてあ
るので(ただし隅の方に)簡単に手に入ります。

我が家では和三盆を使って餡子(あんこ)を作ります。そのまま丸
めてお茶菓子として抹茶と一緒に楽しむのもよし、大福やおはぎ
として食するのもよし。

(Autumn 2008)


初夏の花、冬の花

札幌の公園ではパンジーは3月から夏まで咲いています。
春から初夏の花です。

東京では10月から3月までがパンジーの季節です。冬の花
です。冬のビル街の花壇で元気な姿を見せます。

札幌のパンジーは生育季節に関係があるのか「のっぽ」です。
東京で見かけるパンジーは札幌バージョンに比べると結構
「ちび」です。

秋から初冬にかけて、外気温がマイナスになるまでの2ヶ月
くらいの彩りを楽しむために、今年は富士山麓の園芸農場
から結構な数のパンジーが我が家にまもなく届きます。

(Autumn 2008)


同じ窓、別の世界

今は読者もあまりいないのかもしれませんが、必要があって、
カルロス・カスタネダの「ドン・ファン」シリーズの一部を読み返
してみました。

カルロス・カスタネダというアメリカの文化人類学者の著作物の
ほとんどは彼が出会ったドン・ファンというメキシコのヤキ族イン
ディアン呪術師との対話です。ヤキ族インディアン呪術師の世界
の見方を習うという意味で、ドン・ファンが先生、カスタネダが学
びのゆっくりさで先生をイライラさせる生徒という立場で書かれて
います。このシリーズは10冊以上が出版されていますが、僕が
刺激を受けるのは3冊目と4冊目です。

般若心経という短いお経があります。写経というと現在ではこの
お経の写経をさしますし、僕の両親の世代には、これを諳んじて
いる方も多いようです。般若心経は短いがゆえに余分なものを
そぎ落としているので、その内容はまったくの哲学書、ないしは
形而上学的短編です。この形而上学的内容のお経を多くの人が
写している光景を想像すると、日本はちょっとすごいなという気持
ちになります。このお経の要約は「色即是空、空即是色」というこ
とだと思いますが、この非二元の世界観がヤキ族インディアン呪
術師の非二元的な世界観と重なります。

4冊目の一部を引用してみます(原著タイトルの日本語訳は「力
の物語」、邦訳出版書名は「未知の次元」、訳は名谷一郎氏)。
トナールを「色即是空、空即是色」の「色」、ナワールを「空」と置
き替えてみてください。

「トナールは、ただ言葉の上で世界を作るのだ。・・・トナールが
世界をつくるというのは、それがトナールの規則に従って立証し、
評価するからだ。・・・言いかえれば、トナールは、世界を理解す
る規則をつくりあげる。だから、言わば、トナールが世界をつくる
のだ。」

「ナワールは、わしらのうちにあって、わしらがまったく関与しない
部分だ。」「ナワールは、わしらのうちの言葉で言いあらわせない
部分だ。それにたいしては、言葉も名前も感情も知識もない。」
「・・・お前がとりつかれているのは、あるいは誰しもがとりつかれ
ているのは、世界をトナールの法則にしたがって整理しようとす
ることだ。」「・・・要は、同じ窓の前を通り過ぎる別の世界がある
ということを、トナールにさとらせることだ。」

(Autumn 2008)


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諦めの色

週に一度程度の運動としては水泳が便利なので、できるだけ毎週
泳ぐようにしていますが、もっぱら平泳ぎです。クロールは苦手。
きれいなクロールでゆったりと泳ぐ人を見るたびに、いいなあと思
っていたので、女性のインストラクターについたことがあります。
10回ほど教えてもらいましたが、思うようには上達しないし、泳い
でいても楽しくないので、頓挫。

なぜ、女性のインストラクターについたのか。

生徒がインストラクターの期待度以下の成長曲線で低迷していると、
インストラクターの目には、諦めの色が浮かびます。インストラクター
が女性だとその眼の表情(や罵詈雑言)にも耐えられますが、男性
インストラクターだと、そのような場面では僕の眼にも嫌な感情が強
くあらわれるに違いありません。それが嫌で女性インストラクター。

ゴルフに興味を失って久しいですが、下手なゴルフをやっていたとき
には、水泳と違って、不思議と女性インストラクターのレッスンを受け
ようという気にはなりませんでした。悩むと声をかけるのはもっぱら
男性のインストラクター。1回だけ女性プロのレッスンを受けたことが
ありますが、女性の体の柔らかさが前提になっているスウィングの持
ち主に教えてもらってもダメだろうなという勝手な思いがあったせい
か、時間がなんとなく過ぎていった記憶しか残っていません。

水泳のレッスンと女性インストラクター。ゴルフのレッスンと男性イン
ストラクター。要は、生徒のわがままですね。

(Autumn 2008)


お昼のビール

知り合いの観光案内という名目で、小樽にいってきました。

僕の場合、小樽というと作家の伊藤整、小樽高等商業(現、小樽
商科大学)と連想が働きます。一回り年下の友人が小樽商大の
卒業生だし、先日お会いしたコンサルティング会社の代表も小樽
商大のご出身。伊藤整は僕が二十歳くらいのときに読んだ作家
の一人です。

今は使われていないか、あるいは1階がお店になっている(旧)銀
行本店・支店や(旧)海運会社支店の建物の造りや内部や並びは
やはり見事です。

伊藤整は年表で確かめると、明治38年(1905年)生まれですか
ら彼が学生として小樽の坂道を歩いたのは、小樽が経済的にもっ
とも華やかだったかもしれない大正の終わりころになります。小樽
高商の1年先輩の小林多喜二は旧北海道拓殖銀行・小樽支店に
勤めていたとのことですから、彼らにとっては北のウォール街と呼
ばれたこの一画は、思想や気持ちの向きがどうであれ、日常の一
部としての重みをもっていたのでしょう。

遅い昼食は花街の端にあるお寿司屋で。久しぶりのお昼のビール
でした。

(Autumn 2008)


あっかんべー

故人となって10年以上たつある有名な作家は、空海の書には
音楽的なリズムがあると評しました。

空海は言葉の人です。世界はお互いに(言語を媒介として)響き
あっている、と詠んだ人なので、空海の文を構成する草と行と楷
が入り混じった文字の流れは、未分化の世界が言葉に顕在化す
る際のそのそれぞれのもっともふさわしい結晶の仕方を、空海の
感性と世界観がなぞったものかもしれません。風信帖の写真版を
ぼんやりと眺めているとそういう思いがします。

空海も『奥のぼんやり』と『個別の顕れとしての形や名前』を同時
に見ていた人なのでしょう。

風信帖は空海から最澄への返書ですが、後年の二人の確執の
強い香りがすでに濃厚に漂っています。この手紙の背景を説明す
ると、配偶者はこの返信のことを、空海から最澄への「あっかんべ
ー手紙」と形容しました。そういう気分の時の方が筆が走って、存
在のありさまが文字の動きに見事に凝縮されるというのは、空海
らしいといえば空海らしいのかもしれません。

(Autumn 2008)


朝の廊下

干し葡萄を混ぜ込んで焼いた天然酵母の自家製フランスパンは
僕のお気に入りのひとつで、お世話になった方に差し上げることも
多いのですがたいていは気に入っていただけるようです。(作るの
は、僕ではありません。念のため。)

以前、ソフトウェアの会社に勤務していたときに、悪人を牢屋に入
れることが主業務のひとつであるとても硬いお仕事のお客様の情
報処理部門に、お歳暮として、この干し葡萄入りフランスパンを持
参したことがあります。情報処理部門のご担当はくだけた方で、
「これって、中に金の塊が入ってます?」

僕が最も好きなのは(ハーブの)タイムを混ぜ込んで焼いたもの。
出来上がりのときにとてもいい匂いがします。出来上がりが早朝だ
と「3軒両隣」の玄関先までタイムの香りがゆらゆらと漂って行って
その存在をアピールしているとのことです。

(Autumn 2008)


物々交換

正確な言葉の使い方だと、物々交換ではありませんが、我が家で
はそう呼んでいます。

我が家は配偶者と僕の2人暮らしで、集合住宅に住んでいます。
全体が独立した棟を2つ寄せ集めたような構造なので、ひとつの
棟の同じ階の住宅数は3戸。いわば3軒両隣の集合住宅バージョ
ンです。

よくモノをいただきます。お隣のお隣の奥様からは、「知り合いで
たくさんもらったので、これどうぞ。」と立派な葱や野菜をいただい
たり、「いっぱい作ったので、どうぞ。」と上品な味の和風ごった煮
風をもらったりします。そんな時はお返しに、我が家からは摘みた
てのバジルや、次の日に天然酵母のフランスパンを手にしてチャ
イムを鳴らします。

すぐお隣は住居内で犬を飼っていますので、我が家でスープストッ
ク用に使用済みの鶏の手羽先から肉の部分を取り出して、その犬
の健康食として届けます。そうすると、小樽の地ビールや僕たちが
知らないお店のおいしいクロワッサンがかわりににやってきます。

(Autumn 2008)


大根の皮、玉葱(たまねぎ)の皮

大根の皮は和風サラダ風やキンピラにすると軽いお酒の肴になり
ます。玉葱の皮(あの表面の茶色い皮)はスープストックを作るとき
の「画竜点睛」です。

以前よく読んでいた月に2回発売されるマンガ雑誌で、1年ほど前
に「玉葱の皮」を発見しました。配偶者にそのことを伝えると、面白
そうだと、早速スープストックで実験。結果はとても良好。深い味に
なります。栄養面でもとてもよさそうです。ただし、大根の皮にしろ
玉葱の皮にしろ、安全のために有機栽培のものに限定しています。

で、有機栽培のものだと皮を含めて全部食べます。
お米は玄米、小麦は全粒粉。お米は5分つき、3分つきもも試しま
したが、普段は玄米、まれに3分つき、スパゲティー類は全粒粉の
ものか5分つきのものか白いものを素材パートナーに応じて。パー
トナーがバジルソースだとやはり白い方が彩りが美しい。

こんな風に書くと僕が自分で料理しているみたいですが、僕は配偶
者の料理のプロセスをちらちら見ながら、出来上がったものを食べ
ては「うまい」「まずい」「この料理の出来具合は92点、すごいなあ」
「これじゃ、とてもお客さんには出せませんね」といったコメントを返
すだけです。

(Autumn 2008)


携帯電話の文字入力

地下鉄に乗っていると、立ったまま両手ですばらしいスピードで携帯
電話にメールの本文を打ち込んでいる若い女性を見かけます。僕に
は出来ない技なのでちょっと悪いかなと思いながらその技量を拝見す
ることがあります。湧いてくるのは軽い劣等感。

しかし、音楽でも情報でも最近のポータブル機器のインターフェース
では操作スピードに落胆するほどの差がつかないので、「へへへ、
しめしめ」と思っていますが、実際にはもっと大きな差がつくかもしれ
ないという諦めの気持ちもあります。

(Autumn 2008)


ぼんやりしたところから

「花が存在する」といわれると、確かにそこにきれいな花がある
のが想像できます。そこが庭なのかベランダなのか野原なのか
はともかく、そこに咲いた花の姿が浮かびます。しかし「存在が
花する」とそれまでの主語と述語の位置を逆にされると、一瞬
わかった気になりますが、その一瞬の後は、納得のいくイメージ
がどこにも定着していないことに気づきます。

そんな話を、ある女性経営者としていました。

ジャズピアニストのキース・ジャレットはソロの即興演奏のとき、
どこから最初の音のつながりを持ってくるのだろうという話のあと
に出てきた話題です。

ぼんやりしたところから、音の形が現れ、ぼんやりと薄暗いところ
から、ものの名前が現れるのかもしれません。

「普段はそんなことを考える必要はないわね。」
「うーん、『ぼんやり』と『形や名前』を同時に見ているうらやましい
人たちがかつていたし、今もいるということかな。」

(Autumn 2008)


言葉の響きと映像イメージ

老子は、道(タオ)を水や谷や女性に喩えるのが好きです。それら
は、しなやかで受身で、そして強い。

荘子には、僕の記憶している限り、女性は登場しません。この差
がどこからくるのかよくわかりません。荘子に登場するのは、とて
つもなく巨大な鳥と、巨大な魚と、夢の中の蝶々と、かわいそうな
のっぺらぼうと、地の唸り・天の唸りと、悪口の対象としてのある
有力学問グループ。

『玄のまた玄、衆妙の門』。老子の一節は言葉の響きを記憶に残し、
荘子は夢の蝶・蝶の夢といった鮮やかな映像イメージを心に残し
ます。

老子の最初の部分にこんな一節があります。
『名無きは天地の始め、名有るは万物の母。』
これと『空即是色』が重なります。

他の文化にも同じ世界の捉え方があるようです。

(Autumn 2008)


見習い中の女性

それまでは理容室しか利用したことがなかったのですが、数年
前に配偶者に連れられて美容室に行くようになりました。散髪の
話です。

「どんな形にしましょう」と尋ねられて、好みを答えても結局は自
分の決めた形にしか調髪しない「理容室のオヤジ」の頑固さにも
捨てがたいものがありましたが、美容室の自由さや柔軟さが新鮮
でした。

見習い中の女性の洗髪や頭・肩のマッサージに、すこし物足りな
さを感じながらも、しばしほっとします。結構いい時間です。

(Autumn 2008)


デパート地下食料品売り場レジでの袋詰め

結構大量に買うし、そのあと持ち歩くことが多いので、デパートの
地下食料品売り場で買った野菜類は紙袋に詰めてもらいます。
ただし、魚類や豆腐・湯葉や手羽先などは持参の簡易保冷バッグ
に。大根を2本とりんごを6個と人参とジャガイモとキュウリと小松菜
とピーマンとインゲンとセロリとレタスとトマトをそれぞれ複数個買う
と、袋は2つで、そしてやたらと重いです。

さて、レジでの袋詰めです。ここで、デパートによって差が出ます。
たいてい2人1組でレジと袋詰めを担当していますが、トレーニン
グの差なのか年齢によるセンスの差なのか。年齢の若い女性を
そろえたデパートの方が、結構な差をつけて上手です。全体を見
回して、詰め込む順番をすばやくシミュレーションし、それから詰め
ていきます。あまり上手でないところは、僕が代わりにやってあげ
たくなります。

ある老舗デパートの野菜や魚の売り場は若い女性が一人でレジ
1台分を担当しているのですが、この方の袋詰めのバランス感覚
がすばらしい。いつも感心しながら、たいていは2個の、重い紙袋
を受け取ります。配偶者は支払う係り、僕は少し先にいて荷物を
受け取る係り。よいしょ。

(Summer 2008)


デパートの地下食料品売り場

配偶者の荷物持ちとして主に休日にデパート地下の食料品売り場
に行き始めて15年くらいになります。デパートの食料品売り場の活
気が好きです。小さなお店の集合体。対面販売の楽しさ。魚売り場
や野菜売り場のお兄さんの威勢のいい呼込み。

最近は肉類への興味が少なくなったので、スープストック用の手羽
先を別とすれば、買い求めるのは有機野菜と魚介類と果物、納豆
と生麺と湯葉・豆腐の類ですが、1店では欲しいものが手に入らな
いないことも多いので、たいてい2店をハシゴします。

夕方6時をいくぶん過ぎてから、値段シールの隣に100円引き、
300円引き、半額といったシールが貼られると少し嬉しくなります。
それをじっと見つめる主婦(と、思われる女性)のお尻などにぶつ
からないように用心しながら、新鮮でコストパフォーマンスのいい魚
やイカのパックを手に取るのもなかなかいいものです。

(Summer 2008)


タクシーの女性運転手

行きたい方向のタクシーがなかなか来ない時に、ちょうど逆方向
から来たタクシーが僕たちを見つけて、運転手からみて右に入る
のかUターンなのかを手を大きく動かして尋ねてきました。女性の
運転手でした。

僕も、Uターンと腕で合図すると、タクシーは鮮やかにUターンし、
そばに停車しました。

配偶者によれば、ああいうさっと腕で尋ねるセンスは男性運転手
にはないのだそうです。

(Summer 2008)


北海道は梅雨

北海道には梅雨がないことになっています。

今年の7月下旬から延べ2週間程度続いた気候、しとしとと一日中
降り続く雨、うっとうしい暑さ、ミニスコールのような短時間の激しい
雨、そして羽織るものがないと辛い時折の肌寒さ、東京や大阪の人
ならためらいなく梅雨と呼ぶでしょう。

札幌のタクシーの女性運転手にそういう話をしていたら
「お客さん、北海道には梅雨はないのです。」
深い意見です。しばらく考えて、そういうことにしておこうと同意しま
した。

(Summer 2008)





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